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望郷ライン・センチュリーライド始末記 vol4

 

2015年8月30日(日)【望郷ライン・センチュリーライド当日】

 

いよいよスタートの朝である。

TVをつけると昨日小雨だと言っていた天気予報は期待した様には変ってなかった。

むしろ雨の確立が上がっていて気が滅入った。

5:45ホテル・ベラビータから車でスタート地点の昭和村運動公園へ向かう。

国立病院の坂を下り、橋を渡る時に片品川を見ると川は増水していた。

赤城山も雲の中で見えない。

昨夜から降り続いているのでコースが心配だ。

駐車場に車を止め、ロードバイクを取り出す時、雨よりも気温が低い事が気になった。

下り坂で高速になると体温が奪われるからだ。

レインウエアを着ようか迷ったが、とんかつ街道のロゴを見せることが目的なので

私はレインウエアを着ない事にした。

他のメンバーはレインウエアを着ているだろうか?

心配だった。

大袈裟に言えば、レインウエアがあるのと無いのでは生死を分ける程の差が出ることがあるからだ。

自分の勝手な企画で大切な仲間を危険な目に合わせる事に気が引ける。

出来れば私以外のメンバーにはレインウエアを着て欲しいと思った。

 

スタート会場となったサッカー場に入ってしばらくすると

万代氏が緊張の面持ちで会場に入って来た。

「おはよう!」

手を振る私に気づいて笑みがこぼれた。

「おはよう。やっぱり雨だね。」

「最高到達点の裏のカーブは雨で滑るから気をつけてね。」

私は前日、ホテルに入る前にコースを下見して、最高到達点の裏のカーブが気になっていた。

「OK。裏のカーブだね。」

今回で3回目の出場となる万代氏は直ぐに状況を察してくれた。

そんな話をしていると板橋氏がカメラを片手に近づいて来た。

板橋氏は企業診断士(企業コンサルタント)をしていて中小企業大学の講師もしている。

今回写真班だが写真を撮りながらショートコースにチャレンジするそうだ。

万代氏はミドルコースで私がスタートしてから40分後のスタートだが既に準備は万全。

直ぐに小林社長も合流してスタート時間を待った。

3人ともジャージの上にレインウエアを着ていたので安心した。

しかし、佐藤氏は未だ来てなかった。

板橋氏と車で来て、板橋氏を下ろして一度自宅へ戻ったらしい。

佐藤氏と小林社長はショートコースなのでスタートまで未だ1時間以上あると思うが、

ちょっと心配になった。

「間もなくロングコースのスタート時間になります。

 ロングコースの選手はスタートゲートへ移動して下さい。」

場内に流れるアナウンスを受け。

「じゃ、頑張って。」とお互いに声を掛け私はスタートゲートへ向かった。

「さとしちゃん大丈夫かな?」心の中に幼少期の佐藤氏の顔が浮かんだ。

 

司会のお笑いコンビがスタートを案内し、群馬ちゃんが登場して会場が和む。

スタート前のお約束になっているパターンだが緊張している人にはありがたい。

7:00、10秒前、予定通りカウントダウンが始まり、号砲と共に先頭がスタートした。

20名づつ1分毎のスタートなので76番の私は第4グループで先頭から4分の遅れだ。

私のグループのカウントダウンが始ったので胸のとんかつマークを叩いて気合を入れた。

今回の私の使命は「とんかつジャージ」を出来るだけ多くの人に見てもらうことだ。

多くの人に見てもらう為には先ず先頭に出なければならなかった。

スタートと同時に先頭を狙ってペダルを回した。

序盤からハイペースの人は少ないので目立ったと思う。

スターとから「あぐりーむ昭和」までは下りなのでどんどん加速する。

体が冷えて寒い。

ペダルを止めると、もっと寒くなるので「あぐりーむ昭和」まで我慢して回し続け、

多くのバイク(ロードレーサー)を追い越した。

「あぐりーむ昭和」から道が上りになると体温も上昇し温かくなって来たが、

この時点でもう頭の先から足の先まで全身ずぶ濡れだった。

ハンドルを握り直すとグローブが絞られ水が溢れた。

サングラスも水滴で見難く、サイコン(サイクルコンピューター)のスピードが

水滴で歪んで見える程だった。

今回のレースは私が開発を担当した新しいレンズのテストを兼ねていたが

こんな状況ではテストにならない。

「そば処あかふ信号交差点」を左折するとスタート地点の昭和村運動公園までは

後続でスタートした人達とすれ違う。

ミドルコースの万代氏は、もうスタートしただろうか?

ショートコースの佐藤氏は無事にスタート出来るだろうか?

社長は?板橋氏は?仲間のことを考えると対向車線が気になったが先頭に追いつく事に集中した。

しばらく走ると先頭集団が見えた。

かなり疲労していたが、そのままケイデンス(ペダルの回転数)を保ち先頭を目指した。

スタートして10Kmくらいしか走ってないので皆は未だゆっくり状況を見ている感じで

簡単に追い越しを許してくれた。

最初から飛ばして行けば、後でバテるのは明白だから争わないのだ。

そのまま先頭を走るプロの先導車に追い付いたが

先導車は追い越せないルールなので隣に付いて並走した。

つまりその時点で私の前には誰も居ないので私がトップに立ったのだ。

後ろを振り返ると私の後ろに自転車の大集団の長い列があった。

それはまるで龍が追いかけて来る様にうねうねと迫っていた。

今までに無い経験で嬉しかったので、このまま先頭を走りたかったが、

体力を考え少しだけ順位を下げた。

集団の中に入ると風の抵抗が少なくなりペダルが軽くなる。

天気は悪いが先頭集団の中に居るのは実に気持ち良い。

まるでTVで見たツール・ド・フランスの先頭集団に居るみたいだ。

そのまま先頭集団の中に居ることにした。

今年の往路は早起き村の休憩が無く、

そのまま第一ピークの最高地点を目指すことになった。

ここから先、第一ピークまでは登りが続く。

登り始めると私のケイデンスが落ちて、いつの間にか集団の最後尾になっていた。

その間、追い越す人は私の背中「とんかつ街道」のロゴを見た筈なので作戦は成功したと思いたい。

しかし、悲しい事に二本松十字路の交差点を過ぎた辺りで先頭を走っていたプロは見えなくなってしまった。

この区間は平均斜度8.3%である。

ギアは一番軽くなっているが私の心拍数は180回/分を超えている。

頑張ってもスピードは15Km/h以上には上がらない。

このままでは体力が持たないのでケイデンスを80回転/分から70回転/分に下げた。

更に後続の集団にも追いつかれて、じっくりと背中の「とんかつ街道」のロゴを見てもらったのだが・・・

沢山の人に追い越されたのでちょっと悔しかった。

その時、後ろから「とんかつ街道ですか?」と声を掛けられたので振り返ると

消防のヘルメットを被った若者だった。

「沼田のジャージだよ。よろしくね。」と言い終える前に彼は私の前にいた。

何と!

彼が乗っている自転車はママチャリだった。

カッパには「沼田消防署」と書いてある。

日頃鍛えているのだろう。

彼は軽く手を振ると私を置き去りにして坂の上へ消えて行ってしまった。

 

第一ピークの手前で少し下りがある。

ここで少し休みたかったが下りで寒くなることもあり、思いっきり踏み込んで体温を維持した。

しかし、第一ピークを過ぎると下り坂になり想像した以上に体温が奪われた。

体の震えがハンドルに伝わりバイクが小刻みに揺れた。

曲がり屋までは下りが続く、体温の低下が心配だった。

その上、雨のせいでブレーキの効きが悪い。

県道沼田赤城線分岐では一時停止が止まれなかった。

対向車が無かったから良いが、一歩間違えば大惨事だ。

後から来る仲間は大丈夫だろうか?

心配しながら下っていると後続の人に抜かれたので、

踏み込んで追いついたがスピードは時速60Km/hを超えていた。

晴天ならば時速70Km/hくらいは出せるのだが路面が濡れているので

これ以上は危険だと判断し、ブレーキを掛けた。

直ぐにスピードは落ちないが前を走っていた人はカーブの向こうへ消えて行ってしまった。

安全策だと自分に言い聞かせたが何となく敗北感があった。

◆8:25、南郷の曲屋に到着。

沼田市役所の観光交流課の皆さんが迎えてくれた。

昨年までと違い知り合いが迎えてくれるのはとても嬉しい。

市役所の女性スタッフが女神に見えたのは、

ずぶぬれで死ぬほどの寒さの中で意識が飛んだ訳では無いと思う。

バナナとキュウリでカリウムを補給して第二ピークの雨乞い山を目指した。

 

南郷の曲屋から又下り坂だ。

夏の雨だがスピードが出ていると体温を奪われて辛いので一緒に曲屋を出た人達が集団を形成した。

先頭の人が風よけになり順番に先頭が代わることで楽に走れる

ロードレース特有の暗黙の紳士協定だ。

しかし、今年は真夏のレースなのに低体温症になってしまう人が出るんじゃないかと心配になる程寒かった。

後から聞いた話だが最後尾を走る後走のスタッフが寒さの為にリタイヤしたそうだ。

コースは国道120号線に向かって河岸段丘を登り始めた。

冷えた体が硬くなっている感じがするが登り始めると徐々に体温が上がって来た。

少し平らになり国道120号線を超えると雨乞い山である。

河岸段丘を登った先に、さらに山が待っているので精神的に辛いところだ。

私が居る集団のペースが落ちて来たので私が先頭に出て集団を引いた。

しかし、スタート時に無理した影響で直ぐに脚が重くなりケイデンスが下がる。

すかさず後ろの人が代わって前に出てくれたので私はズルズルと後退して行った。

少しでも先頭で背中の「とんかつ街道」のロゴを見て頂ければ本望だ。

と思いたいが、ちょと悔しい。

集団は先頭が代わる度に速度が変って走り難いが

雨乞山には霧が発生していて視界が悪く集団に付いて行かないと不安になる。

仕方が無いので集団にペースを合わせる事にした。

自分のペースが守れず季節外れの天候に腹が立った。

でも、雨に濡れ、風呂に入った様に指がふやけているのが可笑しく思えて笑ってしまった。

未だ前半戦の中間だが怒ったり笑ったり精神的に複雑な感じになって来た。

 

ほどなくして第二ピークの雨乞い山を越える。

下り始めると霧が濃くなって来た。

最悪のところでは30mくらい先が見えない。

前を走る人のテールライトが頼りだ。

頼りない蛍の様な点滅だが信頼して付いて行くしか無い。

見失うと命取りだ。

前の前、その前を走る人達の赤いライトの点滅が命をつなぐ様に並んでいる。

スピードは70Km/hに迫っていた。

先頭の人は、どんな神経をしているのだろう?

恐怖の中で思わず「恐ぇ~よぉ~!」と叫んだ。

 

 

◆9:30、川場のASに着いた。

スタッフが差し出してくれた山賊焼きが美味しかった。

味が・・・と言うより疲労と寒さで温かい食べ物が嬉しかったのだ。

少しからだが温まったのでトイレに向かう。

駐車場から少し歩くとトイレの前に人が沢山並んでいた。

やはり冷えてトイレが近いのか?例年より人が多い。

トイレの渋滞に並んでいたら又体が冷えてしまった。

せっかく体が温まったのに・・・。

仕方が無いので用を済ませてから念入りにストレッチして

体を解してからサラダパークを目指した。

 

 

川場を出ると又少し下り坂だった。

私は体力の温存より体温の上昇を選んてペダルを踏んだ。

大きな水溜りがあり、勢いよく入ると水溜りの水は温かかった。

子供の頃にした水遊びを思い出して楽しくなったが次の水溜りは冷たかった。

やはり温かい水は澱んだ水なのか?と思うとちょっと気持ち悪くなった。

以後水溜りは出来るだけ避けることにした。

川場からサラダパークへ向かう道は上り下りが交互に現れる。

少し楽だがケイデンスが上がり喉が渇く。

自転車を走らせるエンジンの自分の体は糖をエネルギーに酸素を取り入れて燃やし、

二酸化炭素を排出する。

その際に必要なのが水だ。

だからロードレースは雨が降っていても関係無く喉が渇くのだ。

私も既に500ccを消費して1本目のボトルが空になっていた。

水の不足は脱水になり危険なので私は常に2本のボトルを用意しているが

1本目が無くなると少し不安になる。

 

サラダパークでは水だけ補給して直ぐに第3ピークの三峰のトンネルを目指した。

既に指の皮はお風呂に入った様にしわしわで寒くて感覚が無い。

そこでハンドルを握らず掌をジャンケンのグーに握ったままドラえもんの手の様にして

掌の付け根でハンドルを押さえることにした。

直ぐにブレーキが握れないのでちょっと危険だが、ドラえもんグリップは快適だった。

しばらく走ると池田のトンネルに入った。

例年ならトンネルで涼を得るところだが今年は逆にトンネルが生暖かく感じた。

以前、佐山の小野君が「あそこのトンネル出るんですよ。」と言っていたのを思い出し、

ちょっと不気味な感じがした。

すると後ろから「ヒタヒタ・・・」と何かが迫って来る音がした。

あわてて振り返ると音は消え、誰も居ない。

しかし、また正面を向くと又「ヒタヒタ・・・」と何かが追い掛けて来る音がする。

「出たか・・・?」と恐怖に震えているとバイクがガタガタと振動し始めたので

ドラえもんグリップを解除してハンドルを握り直した。

恐い。

しかし、ペダルを止める事は出来ない。

止まることの方が恐怖だ。

しばらくするとバイクの振動は止まり、また「ヒタヒタ・・・」と音がした。

ヤバイ。完全にヤバイ。ついに呼ばれちゃうのか?

と思っているとまたバイクがガタガタと振動し始めた。

キター!

と思ったのだが、トンネルに目がなれて来たので良~く見ると

単に道路が荒れているのでバイクが振動しているだけだった。

路面が良くなると振動は消え「ヒタヒタ・・・」と音がする。

音の正体は雨に濡れたタイヤが発するロードノイズだった。

「幽霊の正体見たり枯れ尾花」である。

寒さで冷静な判断が出来なくなっているのだろう。

「この先も気をつけなければ!」と胸のとんかつマークを叩いて気合を入れ直す。

 

トンネルを抜け佐山の交差点を越えると三峰の坂が待っていた。

三峰の坂の入り口は10%を超える激坂で、昨年もここで一気にペースを乱したので

今年はこまめにギアを変えてゆっくり登ることにした。

登り始めると徐々に体温が上がって来たが指先の感覚は戻らなかった。

三峰の橋を超えるころ雨は土砂振りになっていた。

晴れていれば故郷の町が見える場所だが今年は鉛色の雲が見えるだけで何も見えない。

往路最後のピークまで、もう少しだが、しばらく続いた登りで脚が重く、呼吸が苦しい。

雨で、歪んで見えるサイコンをよく見ると心拍数は170回/分を超えていた。

呼吸は「はぁ。はぁ。」から「あ”ぁ。あ”ぁ。」とデスメタルの様に変っていた。

兎に角苦しい。

「止まって休もうか?」

「いや、もう少しだけ頑張れ!」

「少しだけ休もうか?」

「いや、後少しだから頑張れ!」

自問自答と言うより

ここでペダルを止めてしまったら心が折れてもう前に進めない気がしたので自分で自分を励ます。

「子供の頃の自分だったら自分に言い訳して止まってしまうだろうな・・・。」

私は勉強も出来ず、根性も無い、情け無い自分が嫌いだった。

しかし、私は友達に恵まれていた。

勉強より遊びに夢中だった私を友達が必要としてくれたのだ。

幼い自分には遊び仲間の中に自分の居場所があった。

今も同様に仲間が必要としてくれている。

だから私は根性の無い情け無かった少年の自分に決別する為、

この望郷ライン・センチュリーライドを走っているのかも知れない。

ショート、ミドルに参加した仲間は無事に折り返しただろうか?

皆、私より根性があるから大丈夫だと思うが天候が悪かったので事故が心配だった。

「皆もきっと頑張ってるんだろうな・・・。

 俺は未だ半分も来てないじゃないか!

 俺がここで負けちゃだめだ。

 皆に追いついて一緒にゴールするんだ!」

深呼吸して胸のとんかつマークを叩いて気合を入れた。

 

それでもケイデンスは上がらなかった。

雨量は変らず音を立てて降っている。

もう疲労のピークなのか?

と思っていると後ろから二人組みが迫って来た。

背負っているとんかつマークのプライドが

「あ”ぁ。あ”ぁ。」とデスメタルの様な呼吸を小さい「はぁ。はぁ。」に変えていた。

追い越される時によく見ると50才代くらいの男性と40代くらいの女性のカップルだった。

このカップル、おそろいでPINARELLO(ピナレロ)の最高級車

ドグマ(推定100万円以上)に乗っていた。

「かっこいい!」

私は勝手に「ドグマ夫妻」と銘銘し、追走を試みたが追いつけなかった。

「凄い夫婦だな~。」と思いながら自分の不甲斐無さを痛感した。

でも背中のとんかつマークを見てもらえれば本望だった。

 

第3ピークは三峰のトンネルの入り口だ。

この坂を登りきれば後は後閑まで降り。もう少しの辛抱だ。

自分を励まし、最後の力を振り絞ってトンネルに入ると達成感より復路の心配が頭をよぎった。

トンネルを抜け、三峰山を降り始めると対向車線を自転車が上がって来た。

先頭の人がもう折り返して来たのだ。

めちゃくちゃ早い。

既にASでうどんを食べてこの坂を登って来たのだから少なくても1時間の差がある。

私の心は音を立てて折れてしまい寒さと肉体的なダメージでペダルを回す余裕は無く

下り坂に任せてゆっくりと三峰山を降りた。

 

 

◆10:45後閑の水上集落センターに到着

三峰からの下りで体温が奪われ指先だけでなく膝の感覚も無くなっていた。

バイクをラックに掛け様としたが足元がフラフラして上手く掛からない。

隣の人が「大丈夫ですか?ジャージかっこ良いですね。」と声を掛けてくれた。

うどんを頂くと少し回復したのでi-Phoneを見た。

皆、無事に折り返した様で少し安心した。

カエルの声が聞こえる。

LINEに「カエルの声が聞こえるから無事帰る。」と親父ギャグを投稿しようとしたが

スベルのは明白だったので止めた。

後閑の水上集落センターがある辺りは月夜野と言われるロマンチックな地名で

田園が広がっている良い里だ。

私の知人も住んでいて美味しい米を作っている。

ちなみに東京の一部では「後閑の米は魚沼より美味い。」と噂になっている。

 

うどんを頂きバナナも頂き、体力の回復を待とうとしていたら雨の音が大きくなって来た。

テントに非難しようとしたが皆同様にテントに非難したので満員電車状態だった。

私はあきらめてそのまま復路に挑むことにした。

ASのマーカー(折り返しの証をマークしてくれる人)が手を振って

「行ってらっしゃ~い。頑張って~。」と言ってくれたのが嬉しかった。

 

復路は最初から三峰越えである。

標高680mまで約10Km、平均傾斜7%の登りっぱなしだ。

回復した体力があっと言う間に削られ序盤から厳しい。

ゆっくり登っているので雨の音とカエルの声が聞こえた。

往路はあまり話し掛けられる事は無いが復路はお互いに声を掛け合う事が多い。

お互いに厳しい状況の中で自然と励ましあう気持ちが現れるのだと思う。

今年は追い越したり、追い越されたりが多かったので

自分から「頑張って!」「ファイト!」など声を掛けることが多かった。

その都度心の中で「とんかつ街道よろしくね。」とつぶやいたが

声に出した方が良かったと今になって後悔している。

苦しくて声も出し難かったので仕方ないと思うが・・・来年は何とかしたい。

三峰山を登りながら私は自分の体に変化が起きている事に気づいた。

どうにも股間の感覚がおかしい・・・。

おかしいと言うより股間の感覚が無いのだ。

往路の登りでサドルの前に乗っていた為、

肛門の手前の部分から尿道の付近が圧迫され続けたからだと思う。

さっき水上集落センターでトイレに行こうと思った時に雨が降って来た為、

トイレを忘れてスタートしてしまったが尿意が復活して来た。

そこで股間に力を入れて我慢したいのだが感覚が無いのだ。

ロードレーサーでポジションが悪いと起こる現象で

以前にも同様の事があって苦しんだ事を思い出した。

「この辺で止まって道端でしてしまおうか?」

と思ったが背中のとんかつマークがそれを許さない。

「茂みの中へ逃げ込めば・・・」

と思ったが丁度良い茂みが無い。

「あれ?これってやばくね?」

と思っていたら第3ピークの三峰トンネルに来ていた。

「やった。後はサラダパークまで下りだ!」と安心したが下りは寒かった。

下りながら体が振るえたのは道路の振動と尿意に寒さが加わったからだ。

私の体は尿意のピークが迫っている。

もはや限界だ。

すると樹上の雨が一気にドバッと背中に落ちてきた。

背中から股間にかけてびっしょりだ。

「ヒヤッ!」とした時に股間の力が緩んだ様な気がした。

「ヤバイ!56歳にしてお漏らしか・・・?」

と思ったが股間の周りが温かくなる事はなかった。

海で放尿すると股間の周りが温かくなる事は経験しているので多分大丈夫だろうと思ったが

そもそも感覚が無いのでそれも確かでは無い。

不安だが自分の感覚を信じるしか無いし、下りのスピードで予断を許す状況ではなかった。

「タイヤが滑ったら終わりだ。私の堤防も決壊する。」

それに良い感じの茂みがあれば止まって用を足したいと思ったので出来るだけスピードを落としたかったが、

ブレーキを握る手がかじかんでスピードが落ちない。

しばらくすると佐山の交差点が見えた。

警察官が警棒を振って止まれの合図をしている。

往路、県道沼田赤城線分岐で一時停止が止まれなかった事を思い出した。

交差点の手前は10%を越える急坂なので思いっきりブレーキを握ったがスピードは落ちない。

心の中で「このまま止まらずに通過させてくれ!」と叫んだ。

しかし、無常にも警察官は、止まれの合図のままだ。

「もう駄目だ。スピードが落ちない。でも、ここで止まったら漏れてしまう。」

絶体絶命だ!と思っていると何とかブレーキが利いてスピードが落ちた。

何とか停止出来る・・・と思った瞬間に警察官が「行って良いよ。」の合図をしてくれた。

「だったら最初から行って良いよの合図してよ~。」と思ったが体には限界が迫って来た。

もうイカン!

完全にリーチだ!

ペダルを回す足に力が入らない。

ここからは池田。

茂みは無い。

今くしゃみをしたら絶対に逝ってしまう状況だ。

次の池田トンネルを抜ければサラダパークだ。

「何とかしなければ・・・」

と思っているとトンネルの手前にトイレのマークを発見。

迷わず私のハンドルはトイレに向かっていた。

トイレに入るとこれまで見た事が無いくらいにちじみ上がっている愚息に再会した。

「恐かったねぇ~。」と声を掛けるが無感覚の愚息は引っ張り出しても感覚が無かった。

絞りだす様に力を入れるとやっと開放された。

九死に一生を得た感じだった。

トイレで時間を取ったのでサラダパークの給水所には寄らず、そのまま川場を目指した。

股間の感覚が戻らなかったのでサドルの後ろに乗る様にして回復をまったが寒さの方も深刻だった。



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